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Proof
精神を病んだ数学の権威を父に持つ娘の話。
自身も数学を究めるべく、大学にて数学を学ぶが、父親の容態がよくなく、
大学を中退し、実家で父とふたりきり、介護をしながら暮らしてきたキャサリン。
その父が死んだ後、生きる意味を見失ってしまった。
そのとき、父の書斎から、歴史的数学の証明が記されたノートが発見される。
キャサリンはそれは自分が書いたものだと主張するが、
自分で書いたということを「証明」することもできず、
姉、ボーイフレンドも信じなかった。
自暴自棄になったキャサリンは結局、それは父の研究であったことを認めるのだが、
実際には、彼女が書いたものだった。

父親の介護をして過ごした5年間という長い年月が、
父の死によってムダに帰してしまったが、
その期間に彼女が成し遂げたのがその「証明」だった。
その「証明」を自分が書いたと証明することは、
彼女が5年間生きてきたことを証明することだったのだ。

人は生きること、生きたことの証、「poof」を求める。
しかし、あるひとつの結論をいったところで、
それを証明することができなければ、
それはただの戯言にすぎない。
けど、それがどうしても証明できなかったら?

自分は今ここにいて生きている。
でもその証明はどうやってする?
人生には、色んな点がちらばっていて、
それをなんとかいてつなげようと、人はもがいている。
すぐ先の点が見えているのに、つなぎ方がわからず、
それに悩み、苦しむ。

人が愛する者に求めるのは、それが証明できなくとも、
それが真であることを信頼してもらうことだ。
それが生きることの「proof」にもなる。

人生とは、sensitiveなものだ。
ちょっとしたことで、
今まで当たり前のようにいたところから追い出され、
どうしたらよいのか途方に暮れる。
そもそも自分がいたところがどんなところだったのかも思い出せなくなる。
たとえ、もとにいたところに戻れたとしても、
そこから見える景色は全く違ったものになるのだろう。

でも、何が自分を悩ませるのか、
振り出しに戻って、そこからひとつずつ検証を重ねていけば、
生きる活路を見出せる。
前向きに生きることができる。



深い映画でした。
3回見てもまだまだ色々なシーンに意味があって、
解読できません。
ずっと同じテンションで進行するため、boringに思う人もいるかもしれないけど、
私は秀逸だと思う。
久々にDVDを買おうと思った映画でした。

| 文化面〜映画 | 00:11 | comments(3) | - | |
めもらんだむ2〜博士の愛した数式より
君の書いた直線には始まりと終りがある。
だとすれば、ふたつの点を最短距離で結んだ線分なんだよ。
本来直線の定義には端がない。
どこまでも無限に続いていかなければならない。
しかし、一枚の紙には限りがあるし、君の体力にだって限界があるから、
とりあえずの線分を本物と了解しあっているにすぎないんだ。
真実の直線はどこにあるのか。
それはここ(心)にしかない。
物質にも自然現象にも、感情にも左右されない、永遠の真実は目に見えない。
目に見えない世界が目に見える世界を支えているんだ。
肝心なことは心で見なくっちゃ。
(博士の言葉より)


実際の生活の役に立たないからこそ、数学の秩序は美しい。
たとえ、素数の性質が明らかになったとしても、
生活が便利になるわけでも、お金がもうかるわけでもない。
もちろん、いくら世界に背を向けようと、
結果的に数学の発見が現実に応用される場合はいくらでもある。
素数でさえ、暗号の基本となって戦争の片棒を担いでいる。
醜いことだ。
しかし、それは数学の目的ではない。
真実を見出すことのみが目的なのだ。
勇気を持って、君の賢い瞳を見開きなさい。
(博士の言葉より)

一つぶの砂に 一つの世界を見
一輪の野の花に 一つの天国を見
てのひらに無限を乗せ
ひとときのうちに永遠を感じる
(ウィリアム・ブレイク)
| 文化面〜映画 | 13:29 | comments(0) | trackbacks(7) | |
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